海の底のお話

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それは、深い深い海の底のお話し...

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どこにでもある風景...
青い海、青い空...

どこにでもある漁村で、どこにでもいる老人の語りから始まる物語。

3人の子供たちが、海辺をワイワイはしゃぎながら、遊んでいる。
老人は、海の向こうの水平線を目を細めながら眺めている。

何を見ているのだろう?

ふと、子供の一人が老人に近づいていく。

「底神さまをしっとるかのぅ」
子供は、老人のつぶやきに身構えながらも興味深げに覗きこんだ。

「おじいちゃん、そこがみさんって、なぁに?」

「そうか、底神さまを知らんかぁ」
老人は、少し悲しげな表情を見せながら、静かに続ける。

「...恐いぞぉ」
「おっ父に聞いとらんかぁ?おっ母に聞いとらんかぁ?」

子供は、黙ったまま左右に首をふってみせた。
他の子供たちも、何事かと近寄ってきている。

老人のゆっくりとした時間の流れと、子供たちの跳ねるように早い時間の流れがまざりあっていくようだ。

次に何かを言いそうになった老人の後ろから、声が聞こえた。
「おーい、ご飯だよー早く帰っておいでー」

お母さんが呼ぶ声だ。

「ご飯だ!かえろう、今日のおかずはなんじゃろな」
なによりも楽しいのが、お母さんのご飯なのだ。

子供たちは、老人と海を背に、それぞれのおうちに帰っていった。

「お母さん、そこがみさんって、なぁに?」

その日の夕飯は大好きなカレーだ、
お母さんのカレーにはイカやエビや貝がいっぱい入っている。

温かいカレーの香りの向こう側に、不思議そうに笑っているお母さんの顔がみえた。

「...そこがみ...何かしらねぇ」

笑いながら、カレーの中から大好きなイカをすくいあげている。
どうやら、好きなものから、がお母さんの食べ方のようだ。

「懐かしいな、すっかり忘れていたよ」

お父さんが、カレーの上にのった目玉焼きをスプーンで二つに割りながら言った。

お父さんのカレーは、いつもこだわりの目玉焼きが乗っている。
お母さんが作る半熟少し固めの微妙な焼き加減の目玉焼きが大好きなのだ。

「子供の頃に聞いたなぁ...
 確か、海を大切にしなさいってお話しだよ」

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「それは、大きな大きなお魚の姿をした神様のお話し」

カレーと半熟卵が混ざり合ったところをすくい上げながら、お父さんは言いました。

お父さんは、自分が子供の頃を思い出しながら、記憶の断片を、懸命につなぎ合わせていった。

「...いや、大きな魚は神様のお使いだったかな?」
「...まっ、似たようなものかな」

はははっ、お父さんは笑いながら続けた。

「お父さんが子供の頃に...海でごみを捨ててね...、
それでね、その時にお爺さんに怒られたんだよ!

「底神さまが出て来るぞ~」ってね。

お父さんは、襲いかかるようなポーズをしました。

そのとき、右手に握られたスプーンから少しとろみのあるカレーが水色のテーブルクロスに飛び散りました!

あわてて拭取ろうとして、

そうして、茶色の点が糸を引くように広がっていきました。

お父さんは済まなさそうに、
「こんなふうに、海を汚したらダメなんだよぉゴメン」って言いました。

お母さんは、お腹を抱えて笑いながら、
「そうよね、お洗濯しても落ちないものねぇ」といいました。

汚してしまったものは、なかなかもとのきれいに水色には戻らないのです。

...海も同じなのです。

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海辺では、先ほどの老人の影が夕日にてらされて電信柱より長くなっています。

その影を、横切るように漁師さん達がお魚のいっぱい入った網をぶら下げながら通り過ぎていきます。
「じんば大漁ちゃ」といいながら、大きなお魚2匹と小さなお魚を8匹、老人に差し出しました。

老人は、少し嬉しげに、それでも静かに言いました。

「そんなに、いらんよぉ」「そんなに、とらんでもええよぉ」

その言葉は、照れ隠しも有りましたが、思いは別にありました、
海から頂戴する恵みは、今日食べる分だけでいいのです...

そうして、焦点の定まらないまま、海の向こうを見つめてつぶやきました。
「獲りすぎると怒りよる」

背の高い真っ黒に日焼けした漁師さんが、笑いながら答えます。

「じんば、そんれ底神さまろう」

漁師さんは麦藁帽子をかぶりなおしながら、老人の隣に、ヨイコラと座り込みました。
長ーい影が2本になりました。

「あしがこんまい時に、危ない処さ行ったらダメちゃって、底神さまが出てくるって言われたよ...あそこは、海流が底でまいちゅう、何人も流された...」

老人は、漁師さんの横顔を見ながら言いました。
「海は、すきか?」

老人のお話しは続きます。

「底神さまは、恵みも、戒めも、わしらのおこない次第じゃて」
「わしらが、悪さする限り、底神さまは、ここから離れられんのじゃて」

やがて、お日様は海の向こうに隠れて、長い影も真っ暗で分からなくなってしまいました。

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いつのころからか、底神さまは、ここに居た。

その昔、イカダで海に漁にでたころからかなのか。。。
帆船で、航海をしだしたころからなのか。。。

そして、いつまで居るのだろうか。

海の底のお話。。。
心の底のお話。。。



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底神さまは、恐くないよ
船のスクリューに絡まって、傷ついた時に助けてくれたよ
僕たちは、お友達
心優しい、底神さま

底神さまは、まだここに居るよ

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底神さまは、恐くないよ
網に捕まりそうになって、あわてて長い10本の足がもつれてしまって、
前にも後ろにも、行けなくなってしまった時に助けてくれたよ
僕たちは、お友達
心優しい、底神さま

底神さまは、まだここに居るよ

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底神さまは、恐くないよ
波間にプカプカ浮いていたビニール製のレジ袋、
クラゲと間違えて食べたら、お腹が痛くって苦しくって...
ひっくり返ってジタバタしてた時助けてくれたよ
僕たちは、お友達
心優しい、底神さま

底神さまは、まだここに居るよ


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真っ暗になった海を見ながら、老人がつぶやきました、

「人が海に悪させんようになったら、ええのう」


それは、深い深い海の底のお話し...
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むかしむかし、
人が海に悪さをしなくなって。。。
底神さまは海の底から解き放たれて海面から空に舞い上がっていきます。
そうして、海から飛び出した時、その勢いで島ができたそうです。

やがて、その島には、底神さまを祭った神社ができたそうです。
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いつまでも、海を大切にするように、願いを込めて。
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2015/11/20 13:23 Update
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